印金のコーパスの検査

 

表具師が本印金にこだわるのは、それが古いからだけでなく、その独特の外観のためであり、近年の金箔張りやの古印金を模倣した摺箔や金彩などの金押しとは技法が異なるからである。

摺箔では、生地が非常に柔らかく、模様が平坦であるのに対し、古印金では、作品により金の層が多少厚く、生地よりもはっきりと浮き上がって見える。この立体の効果は、粗くて多少透けている捩り織の生地において強調される。模様の線ははっきりしているので、厚く置いても崩れないしっかり固定する接着剤を使ったと考えられる。

古印金は、その古さのために、古びた色をしており、金箔を張りつけた他の生地と比べても独特である。古びた光沢やひび割れを特徴としており、詫び寂びの感性が刻印されているため、表具と茶の湯の世界で珍重されている。

さらに、古印金は、その古さのわりにかなり強い。比較すると、江戸時代の摺箔で装飾された着物は、古代印金ほど古くないが、箔が大分擦り切れたり、糊が虫に食われていることが多い。箔の欠損部分に、生地に染み込んだ糊が見え、色が白っぽくなっている。それと違い、古印金では、箔ではなく、接着剤の層が剥落するので、欠損部分に接着剤が見えない。

この研究期間に、およそ100枚の印金を調査し、そのうち72枚を顕微鏡で観察できた。調査した印金の大部分は断片である。京都国立博物館に保管されている応夢衣(「応夢衣」の項を参照)は、袈裟の歴史において特別な作品で、このコーパスにおいては例外的なものである。他の裂は、主に修復師、もしくは名物裂のコレクションを収蔵している収集者が所有している作品である。サンプルはたいてい非常に小さい断片であり、完全紋様が見えない。しかし、唐草や作り土など、どのような模様の種類なのかが見分けられることがある。紙に裏打ちされているので、生地の地合いや柔らかさ、裂の本来の表現力を感じることができない。この断片の検査では、例えば模様の精度や緻密さ、接着剤の層の厚みや外観、金属の特徴などに注目して印刷の技法を研究することができる。調査の結果を織物技術の分析と関係づけ、技法的側面と美的側面に分けて比較検討すると、それらの根底にある技術実践の歴史を推測することができる。

 

本稿では、サンプルの調査の際に確認した技術的な種類について記述する。

 

グループ1A

紫地卍字地牡丹唐草紋印金、金箔、絹、羅組織。顕微鏡写真では、画像の中心にでんぷん糊の白い粒が見られる。 MIHO MUSEUM蔵 © MIHO MUSEUM

 

紫地草花紋印金、金箔、絹、羅組織。個人蔵 © V. Blaise。

 

数。71点中26点を占め、一番数が多いグループである。10点を含む1B番グループに非常に似ている。グループ1Aとグループ1Bは、36点、つまりサンプルの半分を占める。

特徴。接着剤はとても固く、界面張力が強い。色は薄茶、または赤茶であり、艶がなく、見た目は土に似ている。接着剤の層が厚い。金属は金箔であり、表面がかなりぴんと張っているので、もともとは光沢が強かったことが分かる。

劣化。接着剤が劣化すると、石畳み形のひび割れになる。ふつうは生地にしっかり張り付いている。欠損部分には、繊維に接着剤の跡が残っていない。金箔が擦り切れていることがあるが、たいてい接着剤の層にしっかり付いている。

生地。土台となる生地は全て捩り織組織である。羅18点、紗6点、絽2点(印金の地合の項目を参照)。

様式。生地全体の模様はわからないが、グループ1Aでは、明代の様式の繊細な牡丹唐草模様を施した印金がかなりある。サンプルの大半は、紫の生地に印刷されている。

解釈。接着剤の外観を鈴木氏による分析結果を参照して考察すると、1A番グループの接着剤は、膠と、白い玉に見えるでんぷん糊と、土のように見える鉱物系の充填剤の混合だと考えられる。多くの場合、赤みがかった顔料も使われているようだ。充填剤は、接着剤に厚みを与え、織物の目を詰めると共に、模様を生地の表面ではっきりと目立たせる。さらに、鉱物を入れた接着剤が乾く時に、金箔が吸い込まれ、接着剤の表面の凸凹に沿うので、接着力は力学的にも高くなる。赤い接着剤は金の発色をよくし、暖かくて豪華な印象を作り出す。

接着剤に黒い粒子が見えるサンプルが多い。鉄を含む粒子や、劣化により酸化した金属系の不純物だと考えられる。鈴木氏の分析でも、何枚かのサンプルで鉄分が検出された。

 

グループ1B

 

黄色地龍に宝珠紋印金、金箔、絹、緞子 (繻子組織)。MIHO  MUSEUM蔵 © MIHO MUSEUM

 

特徴。接着剤が固く、界面張力が強いが、1A番グループよりは弱い。色は、赤茶、あるいは薄茶であり、光沢は少ない。グループ1Aと違い、接着剤は土のような外観ではない。たいていの場合、層がかなり厚いが、薄いものもある。金属は金箔であり、その界面張力が強い。

劣化。接着剤が劣化すると、石畳み形のひび割れになるが、グループ1Aほどその形がはっきりとしていない。普通は生地にしっかりと張り付いている。欠損の箇所は、繊維に接着剤の色、あるいはその跡が残っていることがある。金箔が擦り切れていることがあり、グループ1Aより剥がれることが多い。

生地。生地の組織は様々である。平織4点、綾3点、羅1点、紗1点。

様式。様式は様々であるが、幾つもの生地において模様はあまり込み入ったものではなく、ゆったりとした線で描かれている。また日本的な模様のサンプルが何枚かある。

解釈。このグループは、グループ1Aに似ているが、それに比べると、接着剤の層が薄く、生地に染み込み、模様がはっきりしていない。膠と、でんぷん糊と、顔料の混合である接着剤が使われたようである。模様の輪郭がはっきりしていないのは、でんぷん糊が大量使われたからだと考えられる。充填剤が入っていないようであり、その結果立体的でなく、ひび割れもグループ1Aより少ない。

 

 グループ1C

 

薄茶地草花紋印金、金箔、絹、紗組織。MIHO  MUSEUM蔵 © MIHO MUSEUM

 

 数。3点。

特徴。接着剤は固いが、界面張力が特に強いわけではない。色は混ざり合っていて、オレンジ色のなかに白い粒が見える。外観は土のようではない。金属は金箔であり、界面張力が強くない。

劣化。接着剤が劣化すると、色が濃くなりひび割れるが、1Aグループのように形が四角ではなく、石畳形がはっきりとしていない。金箔は大分擦り切れ、欠損が多い。欠損部分では、接着剤の跡が繊維に残っている。

生地。生地の組織は全て紗である。

様式。模様は鮮明でなく、あまり精巧に作られていない。

解釈。1Aと1Bグループと同様に、見たかぎりでは、接着剤は膠と、大量のでんぷん糊と、赤い顔料の混合のようである。土のような外観をしていないので、鉱物系の充填剤 が入っていないと考えられる。しかも、顔料が大量使われ、玉になっていることから、糊にあまりよく混ざっていないように思われる。

 

グループ2

 

赤紫地花兎紋印金、金箔、絹、絽組織。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © 鈴木時代裂研究所

 

72点のコーパスの中の4点がグループ2に属する。

特徴。接着剤の層が薄く、界面張力は多少強い。色は茶色、濃い茶、赤茶であり、光沢がある場合がある。土のような外観ではない。金属は金であり、金箔もあり、金砂子もある。この場合、その界面張力は弱い。

劣化。接着剤はひび割れていない。金箔では、擦り切れたり、破れたり、または欠損があり、欠損部分では接着剤の跡、もしくは色が繊細に残っている。

生地。生地は全て捩り織である。羅2点、紗1点、絽1点。

様式。模様がとても精巧に印刷されている。

解釈。接着剤の外観は膠のように見える。顔料を含んだ接着剤が使われたサンプルも何枚かあり、鉱物系の充填剤は入っていないようだ。その界面張力は、グループ1より強くなく、油系の接着剤に似ている。充填剤が使われていない割に、立体的である。土台となる生地が捩り織であることや、膠に油を加えたことで、立体的になっているのかもしれない。

 

グループ3

数。6点。

特徴。接着剤の層はとても薄い。色は、無色、もしくは肌色であり、立体的でない。界面張力はほとんどない。金属は、金であり、金箔も、金砂子も、金泥もある。

劣化。金では、擦り切れと欠損が多い。接着剤はひび割れていない。欠損の箇所は、接着剤の跡が繊維に残っているが、それほど目立たない。

生地。生地の組織は様々である。平織2点。絽1点。紋紗1点。無地綾1点。綾緞子1点。

様式。このグループに入っているサンプルは、様式においても質においてもかなり異なる。サンプルが作られた年代や場所が同じではないと我々は考えている。

解釈。接着剤は、薄くて無色のように見える。布海苔やらコンニャク糊のような粘性の高い透明の植物系の糊で薄めた膠、もしくはでんぷん糊を思わせる。充填剤や顔料が加えられていない。このような接着剤は、特に筆を使う技法に適している。

 

グループ4

 

藍色地作り土紋印金、金属類の砂子、絹、絽組織。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © 鈴木時代裂研究所

 

数。3点。

特徴。接着剤は乾燥して固く、無色、もしくは赤。外観は土のようではない。接着剤は生地の繊維にあまり染み込んでいない。金属は、金砂子や銀、銅、鈴などの黒又は緑色に腐蝕した金属の砂子である。

生地。生地の組織は様々である。紗1点、絽1点、平織1点。

様式。まだ残っている模様から判断する限り、あまり洗練された様式ではなく、出来が割と荒い。

解釈。接着剤はグループ1Bの接着剤に似ている。つまり、膠またはでんぷん糊、もしくはそれらを合わせたもの、これらのうちいずれかと顔料の混合であると考えられる。

 

グループ5

 

茶色地作り土紋印金、金属類の砂子、絹、平織地。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © 鈴木時代裂研究所

 

茶色地水玉紋印金、金箔、絹、無地の綾織組。MIHO  MUSEUM蔵 © MIHO MUSEUM

 

数。15点。

このグループには、接着剤の色が暗く、界面張力が弱いサンプルを集めた。

 

グループ5A

数。9点。

特徴。接着剤は、界面張力が弱く、色は黒みを帯び、層が厚い。金属は、金砂子が見られ、腐蝕で黒くなった金属の砂子もあるようだ。

劣化。接着剤はひび割れていない。生地にしっかり付いている。金に擦り切れと欠損があり、欠損の箇所は生地に接着剤が残っている。接着剤は黒っぽくなっている。

生地。生地の組織は様々である。平織5点、紗2点、無地の綾1点、羅1点。

様式。多くのサンプルが作り土模様(五点形に小さな弓が描かれたもの)を表し、出来が割と荒い。小さくて抽象的な模様も見られる。

 

グループ5B

 

紫地牡丹唐草紋印金、金箔、絹、紗組織。個人蔵 © V. Blaise

 

数。4点。

特徴。接着剤の界面張力は弱く、色は黒気であり、層が薄かったり、割と厚かったりしている。金属は金箔である。

生地。生地の組織は様々である。平織2点、紗1点、無地の綾1点。

様式。全てのサンプルで、見分けられる模様の様式が似ている。柄が大きくて複雑であり、出来が割と荒い。例えば、単純化されたさやがた紋などである。

 

グループ5C

数。2点。

特徴。接着剤は界面張力が弱く、色が濃い赤であり、層が厚い。金属は金砂子である。

劣化。接着剤はひび割れていない。生地にしっかり付いている。金に擦り切れと欠損があり、欠損の箇所には接着剤が見える。

生地。紗1点。平織1点。

様式。一枚のサンプルは牡丹唐草を表し、もう一枚は作り土模様を表している。出来はシンプルで、割と荒い。

解釈。グループ5のサンプルの共通点は、接着剤が柔らかくて油っぽいことである。顔料が大量含まれているグループ5C以外、接着剤の色は黒くなっており、それは酸化したアマニ油のような乾性油を混ぜたためだと思われる。接着剤の界面張力が弱く、模様には、金箔でなく、金属類の砂子を利用したので、光沢が少ない。グループ5Aとグループ5Cは、錆びた金・銀・銅が混ざった砂子を用いている。この二つのグループは、模様の様式に加えて、この特徴をグループ4と共有している。

 

 グループ6

グループ6にまとめたサンプルでは、接着剤に「乾燥割れ」と呼ばれている、柔らかい形のひび割れがある。

 

グループ6A

 

白地牡丹唐草印金、金箔、絹、平織組織。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © 鈴木時代裂研究所

 

数。3点。

特徴。接着剤は、界面張力がとても弱く、色が肌色か薄茶であり、層が中くらいの厚さである。接着剤は繊維にしっかり付いている。金属は金箔であり、界面張力が弱く、光沢が少ない。

劣化。接着剤に、「乾燥割れ」と呼ばれている、柔らかい形のひびができている。酸化による黒い点も見られることがある。金箔が擦り切れ、その欠損の箇所に接着剤の跡が見える。

生地。平織2点。紗1点。

解釈。「乾燥割れ」は、縁の部分が柔らかく、油系の接着剤に固有の現象である。油は固まるのが遅いので、接着剤は金箔の下で長時間柔らかいままである。油が完全に固まっていないうちに、金箔と接着剤の固さに差があるため、ひび割れができ、乾燥するまでの間に、その端が変形してくる。弱い界面張力の油系の接着剤を用いることで、金箔の艶を消す効果もある。このグループの事例で見受けられる接着剤にある黒い点は、酸化した油が金箔の表面に部分的に浮かび上がってきていることを示しているのかもしれない。あるいは単に、鉄の粒子や、接着剤に含まれ、腐蝕した金属の粒子があることを示しているのだろう。

 

グループ6B

 

紫地牡丹唐草紋印金、金箔、絹、羅組織。個人蔵 © V. Blaise

 

数。1点。

特徴。接着剤は不均質である。光沢がなく、色はグレーで土のような外観の分厚い層の上に、透明でオレンジ色の薄い層が見える。界面張力が弱く、繊維にしっかり付いている。金属は金箔であり、その界面張力が弱く、無光沢である。

劣化。接着剤には、全方向の乾燥割れと、その下にグレーの物質の層が見える。

生地。作品は亀甲地模様を表していて、現代のものに見える羅に印刷されている。

解釈。厚くて、乾燥している鉱物のように見える接着剤の層の上、もう一層の膜が見える。乾燥割れがあり、濃いオレンジ色をしていて、金の光沢が少ないことから、この膜は油であると考えられる。でんぷん糊か膠、もしくはその混合と、鉱物系の充填剤を合わせた接着剤に、油を加えた結果、その油が表面に浮かび、膜になり、酸化した可能性が考えられる。

 

グループ6C

 

萌葱地唐草紋印金、金箔、絹、顕文紗組織。個人蔵 © V. Blaise

 

数。1点のみ。

特徴。接着剤は固く、表面が緊張し、色が白っぽく透明である。接着剤は非常に薄く置かれている。金属は金箔である。

劣化。接着剤には、乾燥割れが見られ、瓦形に変形している。金箔が擦り切れ、大きい欠損がある。箔の欠損の箇所は、接着剤の跡が繊維に残っている。

生地。作品は紋紗に印刷されている。

解釈。このサンプルの接着剤にも乾燥割れが見られるが、A とB のサンプルより、さらに乾燥しているように見える。外観全体は、接着剤の白っぽい色が摺箔に非常に似ている。摺箔の方法で作られた作品だろうか。それとも、乾性油を少し加えて改良した摺箔だろうか?

様式。サンプルの大半では、線が丸く緻密ではないモティーフが見られ、時折現代の様式の模様が見受けられる。

 

美的観点から、サンプルのサイズが小さくても、模様や、特にその出来具合に基づき、いくつかの代表的な種類に分類することができた。

–        卍地牡丹唐草紋が多いが、サンプルのうち数枚が特に繊細で、密で、洗練された様式で特徴づけられる。このようなサンプルは全てグループ1Aに入っている。

 

紫地牡丹唐草紋印金、金箔、絹、羅組織。個人蔵 © V. Blaise

 

–        唐草紋を表しているサンプルは二枚、 様式がかなり似ていて、模様の輪郭が非常に細く、蔓は独特の曲がり方をしている。二枚ともグループ2に入っている。

また、他のものよりも精巧でない出来具合の事例も見受けられる。

–        サンプルは5枚、牡丹唐草の模様を表しているが、非常に単純化され、無地の金の面で覆われていて、絵があまり緻密ではない。専門家達によれば、「奈良印金」と呼ばれる印金の種類である。このサンプルは技術的観点からさまざまなグループに属し、グループ1、グループ3、グループ5B、グループC、グループ6Cに見られる。

 

紫地と白茶地牡丹唐草紋印金、金属類の砂子、絹、平織組織。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © V. Blaise

 

–        2枚のサンプルでは、大きくて複雑な模様が全体に広がり、2枚ともグループ5Bに入っている。

–        かなり単純化され、出来具合が緻密でない作り土模様が、5枚のサンプルで見られる。グループ4、グループ5Aとグループ5Cに入っている。

 

赤紫地作り土紋印金。金属類の砂子、絹、紗組織。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © V. Blaise

 

–        6枚のサンプルでは、出来具合が緻密でない様々な模様が見受けられる。グループ3、グループ4とグループ5Aに入っている。

 

観察の結論

以上に述べたサンプルの観察の結果と分類は、「印金とは」の項目で述べた歴史的な情報を裏付けている。

グループ1Aと、グループ1Bのサンプルの何枚かは、主要なグループを形成し、その特徴は繊細な図案である。また模様がはっきり見える場合は、中国の明代の様式であることが多い。全てのサンプルは捩り織、主に羅に印刷してある。サンプルの大半は紫の生地である。金箔の界面張力が強いことから、本来、模様の光沢が強かったことが推測できる。

 

紫地卍字地牡丹唐草紋印金、金箔、絹、捩り織組織。グループ1。鈴木 一 コレクション、鈴木時代裂研究所蔵 © V. Blaise

大部分の名物裂帳では、印金は印金類と記録され、その中で細かく区分されていないが、ある帳面では、古印金や京印金などのもっと細かい種類に分類されている(「日本における16世紀以降の印金」の項目に参照)。この研究の際に観察した技術的な種類と、参照することができた名物裂帳に記されている印金の名称を近づけると、グループ1Aは古印金と呼ばれる種類である。このことから、このグループの印金は、中国から伝来した本印金で、明時代の作品であると考えればよいだろう。紫色の生地が多いのは、古印金が製作された時代の特徴だろうか。それとも、現在日本で紫地印金が主に残っているのは、日本の収集家たちが紫色をもっとも好んで集めた結果だろうか。

古印金は捩り織と綾に印刷されたとよく言われている。1A番グループに入っている作品は全て捩り織、主に羅に印刷されている。サンプルのうちの何枚かは、接着剤が1A番グループの接着剤にとても似ているが、その層が薄く、生地に染み込んでいないため、1Bグループに分類した。また、模様の立体感は、生地の性質によりかなり異なる(「実験的な研究」の項目に参照)。というわけで、同じ接着剤を用いても、捩り織に置くと立体感がかなり出るのに対し、綾地に置くとその立体感が少ない。

グループ2に属する作品は、職人が、もっと柔軟性があり、厚みのない模様を追及した結果、グループ1と異なる技法で制作した事例となるだろう。金箔の代わりに、金砂子を用いたため、最初から意図的に光沢のない模様を作り出そうとしていたはずである。

他のグループの作品は、中国の印金の技法が失われ、羅の生産が衰退した現代に近い時代に、日本で制作された模倣作品だろうか?

グループ1Bの作品は、何枚かはグループ1Aに近いものの、その他のものは、様式が日本風であることがグループ1Aと異なる点であり、グループ1Aほど緻密に作られていない。生地の組織は様々で、平織や現代のもののように見える布が使われていることが特徴的である。

グループ1Cには、特に接着剤の厚みや、ひび割れなどに関して、グループ1Aとグループ1Bといくつも同じ特徴が見受けられるものの、模様の様式においても、接着剤の質においても、出来が粗雑なサンプルを集めている。このサンプルは、中国製の古印金を真似て、現代の日本で作られた模倣作品のように思える。そうだとすれば、職人は主に接着剤の立体感の出し方や、色、ひび割れを強調して真似たと考えられる。このサンプルの地組織は、豪華で、現代では非常に珍しくなってきた羅でなく、日本で今でも手に入りやすい紗や絽が用いられていることも、この仮説を裏付ける。

グループ4は、様式や生地、また金や合金の砂子の使用していることが、グループ5Aとグループ5Cに似ているため、これらのグループと接近させるべきだと我々は考える。この研究の際に、サンプルに丁寧に注が付けられている名物裂帳を参照したが、その中に見られる「京印金」と名付けられたサンプルが、技法的にグループ4の作品と近いものである。

 

赤地印金、金属類の砂子、絹、平織組織。グループ4。MIHO  MUSEUM蔵 © MIHO MUSEUM

 

名物裂帳に記録されている「京印金」。個人蔵 © V. Blaise

 

金砂子はいくつかの理由で使用される。例えば、金箔を使った時に出る余分な箔を使うという経済的な理由や、金の光沢を無くし、薄くするといった美的目的のためである。金の粒子が細かければ細かいほど、艶出しをしないかぎり、光沢が少なくなる。印金に印刷された金のもともとの外観は顧客の好みを表しているので、作品が制作された状況を知るための大切な要素である。グループ1Aとグループ1Bのサンプルでは、金箔が連なり、ピンと張っていることから、もともとは模様の光沢が強かったことが推測できる。宇田氏の名物裂に引用されている名器秘録(出版年不詳)の「印金」の項目では、金の色が濃く、「艶がなければだめ」と記されている。このような状態は、もともとは前田家のコレクションで、現在は齋藤コレクション所有の印金の断片に見られる。インターネットでこのリンクから見ることができる。

この印金は、平織組織に印刷され、コレクションの目録には、生地は顔料で色が付けられたと書いてある。生地も、模様も、表面が磨かれたように非常に平坦であり、金箔の光沢は強い。中国でも日本でも、生絹を柔らかくするために、生地を巻き、石の上に置き、槌で何十時間も叩く、「砧」という技法が用いられる。この作業では、絹糸の表面のセリシンを砕くことにより糸を柔らかくして平らにし、生地に光沢を与えることができる。齋藤コレクション蔵の印金からは、生地がこのように処理されたような印象を受ける。金箔を平らで艶のある生地の上に置くと、その光沢も強くなる。あるいは、鉱物系の充填剤を混ぜた接着剤の厚い層の上に金箔を置いた後、瑪瑙やエナメルで磨いて艶を出す方法を用いた可能性もある。このような技法は、金押しの他の分野ではよく使われている。

現在、表具の世界では、表具師と修復師は逆に、時がたったことで光沢が少なくなった裂を求めている。製作の時から柔らかい光沢の金模様を生じさせるために、金砂子、もしくは金粉、表面がざらざらとしている接着剤、油系や界面張力が弱い接着剤を用いることができる。

グループ5とグループ6では、同じような問題意識から、職人が油系の接着剤を用いることにより、光沢を落とし、耐水性がある金模様を製作していると考えられる。

無光沢と耐水性という2つの条件は、表具師が求めるものである。古い作品を表具にする時に、表具師は、作品とけんかをせず、邪魔しない裂を求める。あるいは、古い裂を探し、用いる場合もあるだろう。そういうわけで、日本の表具師に製作された印金は、光沢がなく、さびや擦り切れによって特徴づけられるのは当然のことである。

グループ5Cに入っているサンプルが1枚、このことを裏付けている。網目の粗い絽に、出来の粗雑な作り土模様が印刷されている。この断片は、紙に裏打ちされている解体された表具の一部分である。接着剤は柔らかく、生地の表面の凹凸に沿って、絽の網目に入りこみ、紙に直接置かれたように見える。他のサンプルでは、接着剤は裂の表面で平な層になり、裂の網目では、上に被さって、劣化のために欠損したり、網目の表面にとどまったりしていて、網目に入りこみ、凹面になることはない。というわけで、この印金は、裏打した後に印刷されたと考えられる。

 

藍色地作り土紋印金、金砂子、絹、紗組織。グループ5B。個人蔵 © V. Blaise

 

裂を裏打ちしてから印刷する方法には、複数のメリットがある。例えば、印刷作業中に裂を安定させること、平らで隙間なしの表面を作ること、あるいは表具を仕立てる時に、裂を裏打ちするために湿らせることで、印刷したての模様が溶けるリスクを防ぐことなどである。さらに、「中国から日本へ、印金の歴史」の項目に記したように、本来、古代印金は表具には使われず、それは日本に固有の印金の用いられ方であるようだ。

5枚のサンプルに見られる2つの特徴に基づき、グループ1C、グループ3、グループ4、グループ5とグループ6を近づけ、時代が下った日本製の印金と見なすことができる。その特徴はまず、平織、紗、絽、綾などの今でも手に入りやすい様々な地組織の使用である。また、模様の独特の様式である。卍紋地のような金地ではなく、無地の生地に、大きな面でムラなく印刷されている単純化された大型牡丹唐草を表しているサンプルは、グループ1C、グループ4、グループ5B、グループ5Cとグループ6Cに含まれている。

 

萌葱時草花紋印金、金箔、絹、平織組織。グループ5B 。個人蔵 © V. Blaise

 

以上のようにグループ分けを可能にした大きな特徴があるとは言え、サンプルにはそれぞれ、技法や効果において相違があり、このことは作り方が多様であることをはっきりと表している。グループ1Aだけは驚くほど似たような作品が多い。

応夢衣は、接着剤の外観から、グループ3に入れたが、美的観点からは、このグループの他のサンプルとは関係がない。応夢衣に用いられた金粉の細かさはその他の作品に用いられた砂金やの金箔とはかなり異なり、筆で接着剤を置く技法などを見ても、この作品は本研究において別格の作品である。

コメントを残す