印刷に用いる生地の質によって、糊の水分が生地に染み込み、乾いた時に模様の周りに水染みが残るという現象が起こることがある。尚、この現象はコレクションの収蔵品である奈良印金にも見受けられた。繊維に沿った染みは、練り絹やセルロース繊維などの親水性の生地に多く見られ、生絹の生地にはあまり見られない。
古代印金において水染みを抑制するために、生地を加工する方法があったかどうかを考察した。東洋絵画には、ドーサという膠とミョウバンで作る下塗液を、絹地にかける技術があり、絹地に墨や絵の具が染み出すのを防ぐ役割を果たす。
水染みが起こりやすい練り絹の綾織とモスリン生地をサンプルにし、印刷の実験を行った。サンプル生地に、ウサギ膠とミョウバンで作ったドーサをかける。濃度は、ウサギ膠を0.5~1.4%、ミョウバンを0.5~1%で調節した。
綾織の場合、ドーサ無しでは、印刷した糊の周りに暗い輪郭が見える。膠0.7%とミョウバン0.5%の薄いドーサをかけたサンプルではこの輪郭が薄くなる。ミョウバンの濃度を1%に上げると、輪郭が更に薄くなる。1.4%の膠のドーサをかけた場合、ミョウバンの濃度に関わらず、輪郭が表れない。
モスリンの場合、ドーサ無しでは印刷した糊の周りに暗い輪郭が見え、模様の周りに水染みが見える。膠0.5%とミョウバン0.5%の薄いドーサをかけたサンプルでは輪郭も水染みも見られない。しかし、全体的に色が少し濃くなり、下塗液無しの水染みがある所と同じ色味になる。また、生地が少し硬くなる。膠だけで水染みを抑制するのに十分効果がある可能性もあると考えられる。
実験では、ドーサが糊の滲みを防ぐのに効果があることを確認した。印刷に用いる生地の質によっては、薄い膠だけで作ったドーサでもこの役割を果たすと考えられる。ミョウバンは膠の効果を高めるため、ミョウバンを加えることで膠の濃度を低く保つことができる。